風色の椅子 第二楽章

小栗旬さんのファンブログ やや耽美主義

天下無敵の俳優にするよ

晴れました。風が爽やかです。
さて発送メールは届いているのに、なかなか「蜷川幸雄の稽古場から」が、
送られてこないので(ブログ等での感想も読まないようにしているのですが)、
ということで、今日は、「風色の椅子」で取り上げた、
蜷川さんの言葉を書き出したいと思います。


「お前のキャラクターは変わってる。 今はのほほんでいいだろうけど、
 そのうち乗り越えられない壁が出てくるから、
 その前に俺が先手を打ちたいんだよ。」
 (雑誌 BARFOUT より)


小栗旬を中心に考えました。彼は中心にくるべき俳優だと思っております。」
 (間違いの喜劇 記者発表にて)


「世界は残酷さで溢れているだろう。それを正しく見つめようとしたら、
 残酷なものを描くしかない。でもその中に希望をいれたから見てくれ、と」
「小栗の、見た目の美しさやカッコ良さや現代的な風を呼ぶ演技は武器になる。
 特に、ふとした瞬間の演技の角度が新しい。
 それと古典的な技法が結び付いたらいけるよ。
 僕は小栗の少年の尻尾をちょん切ってやろうと思っているんだ。
 成人の通過儀礼みたいなものかな。そうしても、小栗の魅力は残るから。」
「両方とも本当なんだ。見せて燃えさせたいし、傷付けたくないし・・・。」
「僕だって恐怖はあるんだよ。
 英国の観客の熱狂と冷ややかさは、分かっているから。
 そういう最前線に俳優を送り出すことには大変な思いがあるよ。」
「RSTでは日本人俳優は、真田さんしかやってないからね。
 小栗は貴重な体験をするんだよ。」
 (タイタス・アンドロニカス イギリス公演へ向けて)


「その美しさに嫉妬すら覚える」
(小栗くんが演じたエアロンに対して)


・・・小栗旬さんにはどのような演劇的冒険を課しているのでしょうか。
「持って生まれた外観や声の良さ、品格などを大いに生かして、
 映像でやっている現代性の表現ではなく、古典のもつ骨格を演技に組み込んで、
 巨大な構造を担える俳優になってほしいと思っています。」
 (間違いの喜劇 パンフレットより)


「誰も今、彼がこんなに世の中に受け入れられるとは
 予測してなかった。
 ただ、僕や僕の周辺にいる人たちは小栗君の才能を認めていた。
 格好よくてファッショナブルで、楽屋の廊下に彼が立ってるだけで、
 そこだけ違う空気が漂う。態度は生意気だけど根はナイーブで(笑)。
 芝居がうまくて微妙な揺らめきが出せるし、喜劇的なところも出せる。」
「アイツはね、ほっとけばグチュグチュ言って、外れたところにいるんだよ。
 もったいないから、引きずり出して蹴飛ばすんだ(笑)。
 さあ、テーマを背負って、責任持って中央に立て!と。
 小栗君はそういう才能なんです。」
 (カリギュラ パンフレットより)


「うまい俳優の演技はホノボノとユーモアに包まれて、清潔感があるのだ。」
 (映画「キサラギ」へのコメント)


「小栗くんの、透明で温かな甘え方」


「美しいノイズを発する演出家でありたい。
 “美しい”というのは、世間を許容しないこと。
 今のサブカルチャーだらけの日本なんて、許容しねーよ。
 今の日本が規範とするような行動から外れたい。
 年をとったらひっそりしているなんてイヤなんだ。
 ひたすらたくさんやり続け、“なんだあいつ、何を考えているんだ?”と思われたい」
 (雑誌 Invitation より)


「でもセリフが詩だろ?どこをとっても美しいよな」
「それは天性の才能だと思うんだけど、おまえはたとえ古典のセリフを喋っても、
 ある種の日常的なリアリティがくっ付いてくるんだよ。
 本人の前では癪だからあんまり言いたくないんだけど(笑)。
 発声も含めて、相手の心に柔らかくスッと入っていく」
「大の男が“月がほしい”とかさ。そんな言葉に説得力を持たせるって、
 大変なことだと思う。小栗はその点、まず見た目がいけるだろ」
「だから憧れるし共感するんだ、カミュの世界に。
 繊細で傷つきやすいけど、虚無に通じるほど明るいからね。
 カミュがフランス人だからかな。南仏の日差しのように、
 透明度の高い暗さなんだ。そこが昔から大好きでね」
「俺が生きている内に、小栗を天下無敵の俳優にするよ」
 (雑誌 LOOK at STAR!より)


「悪そうで、オシャレでかっこいい。叙情もある」
「俺は小栗のそんなところに同類の匂いを嗅いでいるんだよ」
「今回のカリギュラは小栗のために立てた企画だからね」
「つまりメインカルチャーを充分に扱える俳優にしたいんだ」
「小栗は今の自分の人気が虚妄だってわかっていて、もっと本質的な、
 俳優になりたがっている。今回のカリギュラでは、苛立ちや孤独、
 他者を求める気持ち、外れていく人間の悲しみ、それでいながら本当の自分を、
 求めていくという男を演じる。それは今の小栗の世界そのものなんだよ。
 だから舞台を通じて、いま小栗旬が本当に作りたがっているものを観てほしいね」
 (weekly ぴあ 小栗旬の時代より)


「小栗、おまえはそんなところで生きるな」
「小栗、次のステップに行くんだぜ」
 ( NINAGAWA 千の目より)


「彼の魅力?まずは身体能力の高さだよね。
 演技者として必要な反射神経が備わっている。
 それと皮膚のきめの細かさ。
 ガラスみたいに、触ったらひんやりしてそうな質感がある。
 今の役者には大切な条件だよ。
 最後に声。恵まれた環境で育った者特有の甘さと、
 意識的に野性であろうとする男っぽさが共存している。」
 (週刊朝日より)


もうなんだか読んでいくと、泣きたくなるくらい、胸がいっぱいになります。
蜷川さんの言葉は愛に溢れていて、説得力があって、
私は蜷川さんが描く小栗くんが、本当に本当に好きでした。
たくさんの演出家、映画監督がいらっしゃいますが、
だいたい使う俳優さんが決まってくる場合が多いですよね、
それが蜷川さんで、本当によかったって思っています。
小栗くん本人が思う数倍も、小栗くんの魅力をわかって、
引き出してくれる方だと思います。
すべての言葉に共感します。
「持って生まれた外観や声の良さ、品格などを大いに生かして」
「格好よくてファッショナブルで、楽屋の廊下に彼が立ってるだけで、
 そこだけ違う空気が漂う。態度は生意気だけど根はナイーブで(笑)。
 芝居がうまくて微妙な揺らめきが出せるし、喜劇的なところも出せる」
「おまえはたとえ古典のセリフを喋っても、
 ある種の日常的なリアリティがくっ付いてくるんだよ。
 本人の前では癪だからあんまり言いたくないんだけど(笑)。
 発声も含めて、相手の心に柔らかくスッと入っていく」
「まずは身体能力の高さだよね。
 演技者として必要な反射神経が備わっている。
 それと皮膚のきめの細かさ。
 ガラスみたいに、触ったらひんやりしてそうな質感がある。
 今の役者には大切な条件だよ。
 最後に声。恵まれた環境で育った者特有の甘さと、
 意識的に野性であろうとする男っぽさが共存している。」
本当にまさにまさにそうですよね。生意気でナイーブで、
心にスッと入ってくるお芝居で、身体能力が高く、
きめ細かくひんやりしてそうな質感の肌と、
恵まれて育った者特有の甘さ、意識的に野性であろうとする男っぽさ。
「小栗、おまえはそんなところで生きるな」
「小栗、次のステップに行くんだぜ」
そうです、そうですよ。また引き上げていただきたいです。
お願いします。そして小栗くんを「天下無敵の俳優」にしてください!