風色の椅子 第二楽章

小栗旬さんのファンブログ やや耽美主義

あずみ2 Death or Love

曇り空で、ほんの少し雨が降りました。
street jack 買ってしまいました。1ページと半ページだけだったんですが、
あの眼鏡が格好いいんですよね〜。顔も小さくて、輪郭も綺麗だわって、
思ったら、もうレジに並んでました(笑)。
さて「あずみ2 Death or Love」 のDVD、見ました。
改めて見てみると、アクションシーンが多いですね。
ちょっとした台詞の思い違いもあって、発見もありました。
ではここからはネタバレになりますので、かつ銀角中心になりますし(笑)、
読みたい方だけお願いします。











映画  あずみ2              監督     金子修介
      Death or Love          あずみ    上戸彩
                        銀角/なち  小栗旬



何回見ても、クライマックスシーンは、銀角があずみの身代わりになって、死んでいき、そして「なんなんだこれは!」のシーンだと思うんです。ことごとく仲間を失って、それで、きれて、100人斬りではないけれど、そんな勢いでラストへもっていってほしかった。素人考えですが、戦いのシーンはいつもよく晴れていたので、ラストではどしゃ降りの雨の中、また幾人をも殺してしまい、宿命に逆らえない、返り血を浴びたあずみのアップでエンドロール・・・というのはどうでしょう。そんなことを考えながら、見ていましたが、やっぱり銀角とあずみのシーンがとても心揺さぶられました。
DVDに入っていたVisual Bookの中で、原作者の小山ゆうさんも、
気に入ったシーンとして、「藪の中で毒に冒されたあずみが幻覚を見て、
その後、銀角が死んでいくシーン」と言ってみえて、嬉しかったです。
そしてDVDを見て、実はちょっと台詞の思い違いがありました。
銀角はあずみをかばって傷を負いながら、痺れ薬で倒れているあずみに向かって、
「俺が誰かわかるな」と言っています。
私は映画館で見たときは、「俺が誰かわかるか?」という問いかけだと思っていて、
それにあずみは「なち・・・」と答えるんですよ。
それが「俺が誰かわかるな」と確認しているということは、私の勝手な解釈としては、
その前からあずみは毒に冒されて、幻覚を見て「なち、なち」と、
うわ言のように言っているので、
ここで銀角は「俺をなちと思えばいいんだよ」と言っているように聞こえるのです。
それはきっとそうあずみが望んでいることだと、銀角は思ったからではないでしょうか。
自分のほのかな想いも押し殺して、それも自分の最期の時に、
そうやって考えると、その銀角らしい優しさに胸がいっぱいになってしまいました。
そして自分の着物を脱いで、あずみにかけてあげようとするところで、
空を見上げるような横顔が、すべてを語っていました。
銀角とあずみのすれ違った想いと、すべてが仕方ないなあっていうような、
こんな戦国の世の中も、あずみを好きだったことも、
そしてあきらめと優しさが入り混じったような銀角の横顔が、
本当に美しくて、切なくて、涙が溢れました・・・
小栗くんの演技はその繊細な部分もきちんと心に届いてきて、
素晴らしいなあって思います。
パンフレットに載っていた上戸彩ちゃんの言葉にも、
「きっとあずみは銀角のことを完全になちとして見ていたと思う。
だから銀角との最後のシーンで、あずみが銀角になちって呼んだこと、
私はあずみによかったねって言ってあげたいです。」とありました。
二人のいろいろな想いが重なって、とてもいいシーンになっていたと思います。
小栗くんは、なちと銀角、二人は似ているけれど別人な感じがよく出ていました。
どなたかが、小栗くんは優しい優等生的ななちを演じるとそれが素なのかなと思い、
破天荒な不良っぽい銀角を演じるとそっちが素かなと思う。と言ってみえましたが、
私もそんな感じがして、不思議でした。
金角とのシーンも感動的でした。金角一味の場面はもっとあってもよかったですよね。
金角はお調子者で単純でとってもあったかくて、でもみじめで、
愛すべきキャラクターでした。
銀角は金角を慕っている気持ちがよく伝わってきました。
小栗くんはこの銀角を演じるために、一作目のなちがあったんじゃないかと、
書いてあるのを、読んだことがあるんですが、本当にそう思います。
なちは儚げで、小栗くんの透明感がいかされた役でした。
銀角は、不良っぽく腕がたち、戦いを嫌い、そして優しくて、とても魅力的でした。
子供をあやしているあずみを見つめる、銀角の瞳が忘れられません。