よく晴れました。
どらさんから教えていただきました(ありがとうございます)。
「時計じかけのオレンジ」共演者の上地春奈さんのブログに、
楽屋裏話が載っています。小栗くんの話も少し出てきます。
「はいさぁ〜い☆春奈☆だよ☆楽屋で酒盛り☆」のところです。
小栗くんもあいかわらずいたずら好きで(笑)、
楽しいオレンジチームの雰囲気が伝わってきますね。
舞台はよりチームの一体感が出てきますよね。
うめちさんが【 BBS 】にて、「時計じかけのオレンジ」の感想を書いてくださいました。
ありがとうございます。読んでみてくださいね。
そうなんですよ。あの題材なのに、また観たくなる舞台ですよね。
マリさんから教えていただきました(ありがとうございます)。
読売新聞に、「時計じかけのオレンジ」の演劇評が出ました。
こちらでも読めます(少しネタバレがあります)。
【 YOMIURI ONLINE 評 時計じかけのオレンジ 】
マリさんも書いてくださいましたが(ありがとうございます)、
少し書き写してみますね。
原作者は英国の作家、アンソニー・バージェス。
スタンリー・キューブリック監督の映画の記憶があまりに鮮烈だ。
この上、舞台で今やる意味はあるだろうか。
そんな予断はプラスの方向に裏切られた。
残忍なならず者から、国家権力に去勢された犠牲者、そして政治利用の標的へ、
振幅の大きい存在を小栗が果敢に演じる。
トリックスターの身軽さとささくれた空気をまとった悪魔的な哄笑が印象的だ。
橋本さとし演じるマッドサイエンティスト、吉田鋼太郎の醜悪な政治家はもとより、
武田真治、キムラ緑子らアクの強い共演者にも魅力がある。
上演台本・演出の河原雅彦は、映像と音楽を有機的に構成し、
アレックスの孤絶を、悪夢のようなパンク・オペラに織り上げた。
反道徳的な場面は毒気をある程度抑えてあるにせよ、
特に小栗目当ての女性ファンにはどぎついかもしれない。
けれど、自由とは何か、個人にとって国家とは何かという問いかけは、
映画と違う結末からも真摯に伝わってきた。
劇評がそろそろ出る頃かなと思っていたのですが、
とても好意的で嬉しいですね。小栗くんに関しては、
“トリックスターの身軽さとささくれた空気をまとった悪魔的な哄笑が印象的だ。”
これは凄く納得です。
トリックスター・・・ 神話や民間伝承に現れるいたずら者。
秩序の破壊者でありながら一方で創造者であり、
善と悪など矛盾した性格の持ち主。
道化の神話的形象。
私がアレックスをホワイトクラウンと感じたことも、
なまじ間違っていなかったかな(笑)。
そうそう、あの身軽さ、軽やかさは、小栗くんならではだと思います。
そして自由とは何か、個人にとって国家とは〜これも充分に、
考えさせられるのですが、アレックスが悪そのものなので、そこの矛盾もあり、
その上、演出が楽しげだったりするので、いろいろとごちゃごちゃです(笑)。
観るたびに違う感想が上がってきそうで、それもまた楽しみですね。
悪と自由をその手に謳歌する、ファンタジックな小栗アレックスを、
華やかでありながら混沌とした猥雑な「時計じかけのオレンジ」という世界を、
楽しみ、溺れたいですね(笑)。